折原一 「螺旋館の殺人」

 ■ 綾辻行人の「館」シリーズのノリを期待するとガッカリします ■

「螺旋館」なる舞台での殺人ではなく、「盗作犯は誰か?」という話だ。

折原一著 『螺旋館の殺人』は、綾辻行人の「館」シリーズのようでいて・・・
螺旋館という建物は登場してこない。これは作中作のタイトルでしかないのだ。

おれの独断と偏見によると、楽しみを享受できる読者の傾向はこのような感じだ。




綾辻行人氏の「館」シリーズと間違えると、あまり楽しめそうにないということですね。
確かに、螺旋館という舞台が無いのでは、「館」シリーズファンは納得しないでしょうね。

ストーリーを紹介して貰えますか、Mr.村田?


うむ。 簡単に説明すれば、こうだ。

かつて先駆的なミステリーで世の中を席巻した老翁の推理作家、田宮竜之介。
一度は筆を折った彼であったが、この度また新作を書き下ろすと言い出した。
新シリーズを刊行しようとしていた出版社が、これを断るはずが無かった。

一切を遮断するため、雪深い山荘に篭って執筆を開始した彼だったが、筆の進みは芳しくない。
そんな彼を一変させたのは、彼の講座の受講生 白河レイコだった。
自身の書き上げた作品を持って現れた彼女と、急速に親密になる田宮。

彼女の声援もあって、彼がようやく書き上げた作品こそ、『螺旋館の殺人』。
しかしその原稿が、「幻の女」によって盗まれてしまうという事件が勃発する・・・!!


後日、見事新人賞を受賞した作家は、白河レイコその人であった・・・!!
しかもその作品の内容は、田宮による『螺旋館の殺人』に酷似していた・・・?!

白河レイコが犯人なのか?! 或いは、田宮の『螺旋館の殺人』こそが・・・?!  

盗作者は誰か・・・ということですね。
勿論、白河レイコが犯人の可能性が高いわけですけど、それだけではない。
最初に田宮の元に持ち込まれた作品が『螺旋館の殺人』だった可能性もあるのですね。

話だけ聞く分には、何だか面白そうに聞こえますけど。


確かに、面白い設定だ。 しかし、それが生かせていないと思えてしまうのが残念である。
この作者が、物語そのものより物語の"書き方"の方を重視しているのが伝わってくるからだ。
恐らく「手法の美学」を見せたいのだと思うが、そのせいで物語はオマケみたいな印象だ。

感情移入が出来ないからというのも勿論ある・・・ しかし、一番の原因はそこではない。
作者が物語という枠の外を見せることで、つまらなくしていると思うのだ。
例えば、「手法の美学」を解説するための言い訳にしか思えない、作中作の構成しかりだ。
本文内で、「ここが面白いのですよ」などと解説を入れるのは言語道断だろう。

あくまで技巧は物語のための「道具」であって、それ自体は主役ではない・・・
そこを譲れない人間には、とりあえず向かない小説だと言えるな。


「手法」は、物語という料理を味付けるための調味料だ。
料理を完成するのに必須ではあるが、それだけで一品の料理にはならない・・・という感じか。

いわゆる、手段が目的化しているというやつだな。


うむ。 勿論、手法にこだわる事自体は悪い事ではないのだがな。
事実この物語は、如何に読者を欺くかに掛けては非常に神経を遣っていることが窺える。
本文にトラップが仕掛けられている・・・ というべきか。
未だ誰も手を出した事のない手法に取り組んでみたい、という意思の表れだろう。

しかし本文の中にそれが多すぎて、インパクトがいささか薄れてしまっている印象がある。
いくら牛丼が好きでも、そればかり食べさせられていたら食傷気味になるように・・・。
これは、一つ二つのトリックでビシッと決めた方がむしろ良いように思った。

そして、館シリーズのノリを期待させるタイトルも改めるべきだと思う。
途中挿入される引用も、わざわざ他人のシリーズと紛れるようなタイトルにしてまで必要とは思えず、 他人の土俵に上げられるだけ損のように思えてならない。


偶然、必要悪としてタイトルがかぶる分には問題はないだろうけどな。
実際、「館」シリーズでなくとも「時鐘(とけい)館の殺人」、「ベルガード館の殺人」なんてのもある。
まぁ・・・この作品に関しては「盗作者と被盗作者」とかの方がいいかも知れないな。


うむ、小説のメインは「物語」であって、その集約がタイトルなのだからな・・・
これで「チーム・ゴルボンズ」は、

人類の叡智を、また一つ獲得したッ!!

うむッ!!

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